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色々

色々やる所

トンじるかトンじないかは、あなた次第です

今日の昼休憩は豚汁やでー。寒い日はこれに限る。

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炊飯からやるので、その間に出来る事はやる。といっても野菜は、昨晩家で切って来た。大根、人参、さつま芋、あと薄揚げ。生姜は持ってくるの忘れた。

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こんにゃくを引きちぎっていれる。ドラマ版、深夜食堂のオープニングで見て覚えた。深夜食堂の映画はまだ見てない。おもろいんやろか…

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米の加熱が終わってバーナーが空いたので、まずは豚肉を炒める。最初から全部一緒くたにして煮たら良い様な気もするが、これも深夜食堂のオープニングでこうしていたので真似する。チタンでの肉焼きも慣れて来た。

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面倒になって来たから、野菜を入れて煮る事にする。

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分量が毎回適当すぎてこういう事になる。あ、ゴボウも入れてた。去年末に、雑煮用に彼女が買っていたものの余り。軽く乾燥していたけど痛んではないはず。

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水を入れる。大クッカーでこれ。丼一杯分くらいあるだろうか。

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やばい溢れそう。灰汁は取らないでいいかと思っていたが、予想以上に出て来たのでやっぱり取る。

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灰汁以外のいい所まで捨ててしまった…

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大根を齧ってみたが、全然火が通ってないので蓋をして火力アップ。こういう汁ものは、ステンやアルミクッカーと同様に楽に加熱出来るからいいな。まあ、俺はチタン好きなのでステンとかアルミは買いませんが。

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とりあえず味噌投入。食べる時間ないかも状態に焦る。

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まだ煮たりない気もするが、とりあえず完成。食べる時間を優先した。

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さつま芋より、大根の方が、火が通りにくいという事を覚えた。次やる時は大根をもっと薄く切ろう…

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12時36分とか死ぬわ…今まで職場で作って来た中で一番手間取ったかも知れん。

昼休憩全部利用して作るだけ作って、食べるのは15時の休憩にしようかと本気で思ったくらい手間取った。6分の時短をどこでやるのか考えどころ。

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美味かった。いやーマジで美味かった。やっぱりチタンは冷めにくく、最後まで熱々の状態でいただけた。食べている最中も、余熱で大根やらが染みてきて、どんどん柔らかくなって美味さが増したのは感動した。 

今日は妄想なし。普通にやるとこんな感じになる。自分的にすごい手抜き感がして面白くない…

ところで皆さんは、「豚汁」を、何と呼ばれているだろうか。人により、地域により「とんじる派」と「ぶたじる派」に別れてしまい、豚だけに、トンでも論争が勃発してしまう事も稀にあるのだが、そんな「豚汁」が、元々は別の名称で呼ばれていた、という事をご存知だろうか。

1970年に開催された大阪万博の日本館において、「閉汁」(とじる)と呼ばれる汁ものが、来場者に振る舞われた。これが今で言う「豚汁」の原点となるのだが、それがなぜ「閉汁」(とじる)と呼ばれていたのか…

その理由を知る者は、今となっては数少ないだろう。

今日は、豚汁の元となった「閉汁」の全てを余すことなく紹介したいと思う。

あれは、俺が出稼ぎで九州に居た頃の話だ。昭和40年代、高度経済成長期真っ只中だった。造船所の溶接工として、バリバリ働いていた俺たちのメシ処といえば「三丁目のうまかもん」ここが定番だった。

「婆さんの作る汁物は舞うごつ美味か」(舞うごつ=舞うほど凄い)

そう聞いた俺は、その店に初めて訪れた日から、九州を離れるまでの10年間、毎食ここでメシを喰っていた。

「余りもんざっと入れてじっくり煮たばってんくさ、そりゃあ、うまか汁がようけ出来るけんね。では、閉んじます…」

店主の婆さんは、いつもそう言って鍋の蓋を閉じていた。

何度か通って気づいたのだが、この婆さん、鍋の蓋を閉じる時に必ず「閉んじます」という。

最後だけ聞くと「吟じます」的な、今は何処へやら、天津木村のエロ詩吟っぽいノリだが、婆さんの言葉は、そんな軽いものではない。

動植物の命を有難く譲り受ける。肉と野菜、一滴一片たりとも無駄にしないという気持ちを込めながら蓋を閉める。それが婆さんなりの作法なのだそうだ。

猫背の婆さんが、蓋を閉じる瞬間に見せるあの鋭い表情と腰の角度は、最敬礼そのもの。食材の旨み、その全てを引き出そうという意気込みが、ひしひしと伝わってくる瞬間だ。

婆さん曰く、念を込めて蓋を閉じるから「閉汁(とじる)」と命名したそうだが、婆さん独特の訛りがあり、いつも「とんじる」と発音していた。

メシを頼むこちら側も、次第に婆さんの訛りに飲み込まれてしまい、「婆ちゃん、とんじるとご飯ね」なんて言う始末。

地元では、とびきり美味い汁を作る婆さん、という事で「汁婆(しるばぁ)」の愛称で、皆から親しまれていた。

大阪万博が開かれる一ヶ月ほど前、時の厚生労働大臣が、遊説中にこの店を訪れた事があった。

「地元で美味い飯を喰わせる店はどこか」という大臣の問いかけに対し、当時の福岡市長が出した答え、それが「うまかもんの閉汁」だったのだ。

うまかもんは、戦後の闇市時代から、同じ場所で営業を続けている上に、改築なども一切されていないボロボロの状態だった。しかし、北海道の田舎育ちの大臣は「寂れた所は実家を思い出す。ええのぉ、ええのぉ」などといい、満面の笑みで暖簾を潜った。

大臣「閉汁をいただこうか」

婆さん「ふてーがってー?!おまん新聞出よー人やん。これはほとめかっしゃなー!」

婆さんが作った、とびきり美味い閉汁を食した大臣は痛く感銘を受け、これは日本、そして世界に広めなければならない味だという事で、急遽、この「閉汁」が大阪万博出展物のひとつとして採用された。

閉汁の出展には、汁婆の同行が必須であったが、汁婆は車が大の苦手。

という事で、九州から大阪への直通列車が特別に用意されたのだが、椅子に長時間座ると腰が辛い、という婆さんの要望に答え、国鉄が開発したのが「汁婆シート」だった。

察しの早い方なら既にお気づきの事だと思うが、それが後に「シルバーシート」となり、今現在、日本国内で広く普及している。

大阪万博日本館での汁婆のパフォーマンスは、youtudeでも、その一部がアップロードされているので、興味があればご覧いただきたい。

「では、閉んじます」

婆さんの名言の後、湯気と共に漂う味噌や野菜、豚肉の芳香は、大阪万博来場者全ての官能を存分に刺激し、全世界、そして宇宙へと飛翔した。

大阪万博が開催された同年に打ち上げられたアポロ13号には、宇宙食として閉汁(豚汁)が含まれていた。その事は、宇宙開発関係者内では有名な話だったが、当時「閉じた汁 / Closed Soup」という表現が、NASA内部で物議を醸したという事は、一般には知られていない。

アポロ打上げ当日、ニクソン大統領が新作の宇宙食を食べる、というパフォーマンスを世界中継で披露して見せたが、そのリハーサル中に「閉汁」の説明を受けたニクソン大統領は、こわばった表情でこう言ったと記録されている。

「クローズド・スープ? 日本の鎖国はまだ終わっていなかったのか!?」

これを受けて急遽、閉汁は、婆さんの訛りと具材の豚肉をかけて「豚汁」と改名され、その名を全世界へ轟かせるに至った。

食に歴史在り。噛み締めて戴きましょう。

 

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